指導の境界線。

指導の境界線。

 

本日はこれ!!

 

下の記事、しっかりと「捉えた」記事です。

見事だと思います。⬇️

是非お読み下さい。

 

headlines.yahoo.co.jp

 

 

 

 

 

これを踏まえ

オレなりの定義も示す必要があるかなと。

 

人が発する言葉や

人が取る行動は

その人の経験によるものが大半を占めるのではないか

 

いわゆる

同調(真似)or反面教師

このどちらかが自然と多くなる。

 

私の場合

小中高と

日本人指導者から学びを得た。

 

大学に入りオランダ人監督の元で学び

社会人で3人のブラジル人から学びを得た。

 

 

もちろんパーフェクトな指導者なんて中々いないだろうけど

物事を理論を持って行っているのは圧倒的に海外指導者だと感じた。

一見ざっくりに見えることでも実は細かな理論がある。

ただそれを理解できない選手もいる。

それを伝えられるかどうかはまた別の話。

そもそもの根底にあるものが全て説明がつくということ。

 

日本人は結構曖昧にしてしまうことが多いのではないか。

ベースがないからそうなってしまう気がする。

 

 

 

オレにベースはない

そんな英才教育は受けてないし

その学びを得るには時間も意欲もなかった。(当時は)

だから数々の指導者から学び、自分から何かを掴み取るしかないかった。

今となってはもっと貪欲に学ぶべきだったと思う。

 

「あなたはなぜそう言ったのですか?」

「あの練習にはどんな意味があったのですが?」

「なぜ何も言わず見守ってくれたのですか?」

「本当はどう考えていたのですか?」

 

 

 

一番難しいと感じるのは

 

「いつ伝えるか」

 

これです。

 

もう18年ほど指導し

チームとして

全国大会出場からプリンスリーグ出場

そして県で一番下のリーグまで

こんなにも天国と地獄を見た学校&指導者はいないのではないかと思うくらい

特別な経験をし現在に至っている。

 

 

選手の質や向上心の違いは一定ではないし

そんなことはどのチームも一緒である。

そんな中で

その選手をどう育成し強化していくか

そこに一番の重きを置いてきた。

 

可能性は未知数であり自分を信じきれない選手が多い。

そんな習慣もなく「これくらいでいいや」と思っている選手が多数存在してきた事実がある。

 

最後はパーソナルな部分で接している。

ある一定の基準は存在させたが、

「声かけ」の部分では差はつけてきた。

 

昔より今の方が難しく感じてます(汗)

経験はあるけど人が違う。

いいとか悪じゃなくて明らかにタイプが違う。

 

そこに対応して行かなきゃいけないし

理解してあげなければオレの言葉などただの文句になってしまう。

そんなことも多々あったのも事実であり後悔の繰り返しである。

しかしそれは絶対に避けなければいけないし、絶対に嫌だ。

お互いにプラスのないことなど無意味である。

 

 

気持ち込めた言葉は脳内に届けなければ意味がない

プライドを乗せた言葉は鼓膜に直接コンタクトしなければならない。

 

そうしなければ胸は踊らないのだ。

 

 

 

 

いつ

何を

どう伝えるか

 

これは何年経ってもの課題であり

オレの成長の一部でもある。

 

 

 

 

 

今回は

指導の中身ではないが

根本の一番大事な部分を触れるきっかけになったと思う。

 

今後もオレの葛藤は続く。

 しかし

それは楽しみの一つでもある。

 

 

 

お互いにプラスが生み出せるように

そのスペシャリストでなければならない。

 

 

では

また。

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